モノの見方が分かれ道

見方一つで、感じ方が変わる・・・とは、、時折実感しますが、

これが意外なほどに重要なのだなぁ〜と、思います。

コレは、参考。

 ↓

■主体性は苦難に挑む原動力

 ⇒ http://www.ever13ee.cf/article/451648944.html

ふと、「見方」とは何だろう?・・・と考えるのだけど、

いろいろあるように思います。

何を見ているのか・・・見ている対象だったり、

何処を見ているのか・・・見ている方向だったり、

はたまた、そおもそも見ていないのか・・・見ることの拒絶。

でも、これらは自意識でどーにでもできると、私は思います。

だって、単なる行いの一つなのだから・・・どう行動するか・・・いつでも、いくらでも違った道を歩くことはできると思います。

でも、一番困難なケースが一つあるように思います。

何処に立っているのか・・・自身の立つステージからは、どうしても見ることのできないものもあります(これは、仕方のないこと)。

例えば、、、分かりやすく表現すると、

部屋の中に立っていては、外の景色は窓から見える範囲に限られる。

船の甲板に立てば、夜空を全天見渡せる。

・・・だからと言って、「航海へでかけよう!」というワケではありません。

そうであるなら、

見たくないモノを見ることのできないステージに望んで立つことは、

したくないなぁ〜・・・と、私は思っています。

私は、「知らないコトは、不幸だ」と思うからです。

せっかくなら幸せな方がウレシイから、今日もイヤなことにも目を向けてみようかな。